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2008.08.12 Tuesday | - | - | -

消えることなく

自分なりの到達点を目指して、
どこまで熱心に取り組むことができるのか、
それこそがすべての原点ではないでしょうか。
到達することはないとわかっていても、
近づこう、手を伸ばそうとして
一生懸命に工夫をこらしたり、頭を悩ませたり、
無心になったりして、熱心にそのことと向き合う。
そうしているうちに、日々は過ぎていって
気がつけばできないことができるようになって、
あの時のわたしが、まぁ、ずいぶん変化したものだと
ふとした時に思ったり。

まわりを変えたければ、まず自分が変わること。
「人の振り見て我が振り直せ」という諺もあるけれど、
それはなにも自分の欠点を直せという捉え方だけではない。
我が振りを見て、まわりが変わるということだってあるのだ。
人に伝えたいことがあるなら、まず自分の行いを正す。
我を忘れて行いを正すことだ。熱中したぶんのその熱量は、
消えることなく、きっといずれは伝播していくだろう。
それがいつになるのかはわからないけれど、
ゆっくり、地道にがんばろう。
何事でも「道」と名のつくものに終りはないのだ。

2008.08.12 Tuesday | 居合 | comments(4) | trackbacks(0)

見るものがつくる



夜の闇はどこまでも深く、天には光り輝く無数の星が。
何も求めず何も語らず、ただ黙して流転する、
超然とした自然を前にして、宇宙の不思議に祈りたくなるのは、
ちっぽけな自分の存在に意味を与えようとするからなのか。

海の果てを眺め、山の稜線に巨大なアウトラインを辿り、
遠くを見つめる視点が身につくのは必然の結果で、
その習慣が思考のスケールをも左右するのなら
風景が人をつくるというのはきっと本当だろう。
そんなことを考えながら海と山ばかりの田舎から帰ってきたいまは、
この日常にまだすこし馴染めないでいる。

「美術は理想に迫れば迫るほど美しく、工芸は現実に交われば交わるほど美しい」

数ヶ月前に柳宗悦の本を読んで、
いまだにこの言葉だけが頭から離れないのには
たぶん理由がある。

2008.04.12 Saturday | しぜん | comments(0) | trackbacks(0)

シンプルな。

そうか。集中力の極みにある領域へ近づこうとするなら、まず「覚悟を決める」というイニシエーションが必要不可欠なんだ。覚悟を決めるためには、現状をろ過して迷いのないクリアな状態にしなければならないから、逆にいえば、純度が高い人ほど心の中では相当の覚悟が決まっているということになるのだろうか。きっと覚悟を決めるたびに、囚われから解放されて自由になっていけるのかもしれない。言葉にすると当たり前のことなのかもしれないけれど、いまやっとわかった気がしたのでメモしておこう。

2008.03.30 Sunday | そのほか | comments(2) | trackbacks(0)

波紋のはじめ

仕事でお世話になっていた人に、関西で会うのは4年ぶり。

すっかり事務所まで構えてしまって、あの当時に語っていたことを
ちゃんと実現してるじゃないですか。有言実行なところがさすがですね。
本当、そのスタンス憧れますよ。

いやいや、じつはけっこう大変でさ。
事務所を共同で立ち上げると、いろいろモメごとが多くてね。
お互いの収入を合算したことが一番の原因かなぁ・・・。
どちらも同じぐらいの仕事量であれば問題はないけど、
自分の方が数倍も働いてるのだよ。そりゃあ不満もたまるさー。
つくづく思ったけれど、やっぱり環境がすべてだな。
仕事内容どうこうよりも、一緒に働く人間がどうかってこと。

順調そうに見えていたけれど、内部事情はけっこう複雑のようで、
「このまま続けていくと、さらに状況は悪化するだろう」
と、ため息まじりに言うのであった。
いまだって、事務所の空気はピリピリしている。
それだったら早いうちに改善しなければダメだ。
事務所を解散して、またひとりでイチからやり直す。
いずれは人を雇えるぐらいの規模にしていきたいのだ。

話を聞きながら、そういえばこの人は、
どうもうつむきがちに話すのだなと思った。
それに、ため息まじりに話したりする。すこし落ち込んでいるみたいに。
だけど発言内容はいつでも前向きで未来を向いているのだった。
この現状をさらにプラスへ高めるにはどうすればいいのか。
いまよりもっと良い環境にするには何をすべきなのか?
そうやっていつも悩んでばかりなのだ。でも、悩むのは真面目な証拠でしょう。
私は人の真面目さに触れると、単純にうれしくなってしまう。
だから思わず、わっはは!と笑いながら
それですよ、それ。悩んでこそ、らしいんですから。
今より良くしたいって、すごい前向きな悩みですね!
と勢いよく言ったのだ。すると急にだまりこんで、
しばらくしてから何かを発見したみたいな声のトーンで
「へぇ、良いこと言うんやね」とびっくりした顔をした。

まぁ、私だって、たまには良いことの一つや二つや、
ついでに三つぐらいだって言いますよ。

・・・・・。

で?

私いま、どんな良いこと言いましたっけ?

「悩んでいる=悪いこと」
すぐにそんなふうに取られてしまうのだと言うのであった。
それに洗脳されてかどうなのか、当の本人も、
あ〜あ。また悩んでどうするんだよ!と、自己嫌悪していたと言う。
だから悩むことを良い風に評価されて驚いたのだと話していた。
ほぅ、それじゃあ私は、うまいタイミングで良いことを言ったのか!
よかったよかった。単純にうれしい気分だ。うれしくなる時は、
たいがい些細なことがきっかけなのだな。

それから仕事先の人と別れて、ひとりで帰りながらふっと思った。
その後の波紋を大きく広げたいのなら、
穏やかな水面に石を投げ入れる勇気も必要だ。
私はどうなんだろう?波紋のはじまりは、まだ見えない。
いろんなことが順調とはいえないけれど、
とにかく仕事をがんばろう。それからちゃんと居合もしよう。
たぶん、一生懸命に集中して取り組んでいけば、
今までとは違う世界の人たちとも出会えそうな気がしている。
まぁ、なんとなく、そんな気がするだけだけど、春になるといつもそうだ。
風景が賑やかになって、なんだか気持ちまでざわざわとして、
これから良いことが起こりそうだな〜。という根拠のない予感で
胸がいっぱいになる。おぉーなんだか生きてるって良いな!と思う。
案外、そんなものじゃないですか?それとも単純すぎるんだろうか。

ところで、このブログも4月いっぱいでやめちゃうかもしれません。
そこに深い意味はあるようで、ないような...。
とにかくしばらくの間は、自分だけの日記をノートに書いていこうかなと。

2008.03.25 Tuesday | 正す。 | comments(0) | trackbacks(0)

通り過ぎる前に

今日はすこし風が強く吹いていた。
部屋の中ではカーテンが時々ふわりと舞って
外を歩くと黄色い菜の花がゆらゆらと揺れていた。
道路のそばには高層マンションがそびえている。
高いものを目にすると、そのてっぺんを見上げてみたくなるのは
どうしてなのだろうかと、どうでもよいことを思いながら
やっぱり見上げずにはいられないのだった。
青い空を背景に、遠くのベランダで洗濯物がはためている。
その風景を見ていると、突然、なつかしい気持ちが
こみあげてきたのはどうしてだろう?
風はいま、あの高いところにも吹いているのだ。
揺れるものの姿がそれを教えてくれる。
固まって動かないものは、
立派なカタチをしているけれど、
吹く風に、揺れる自由はそこになく
姿を変えることもない。
風のことなどすっかり忘れたようにして。

さっき窓をあけてみたら、月がきれいだった。
そうだ!と思いついて、手鏡に月を映して
それから手で触れてみたけれど、
なんだかいけないことをしている気持ちになってきたので
もう絶対しないことにしよう。

自覚させられすぎるから、
みんな道化になるしかないのか。
演じることにとらわれて
どんどん稀薄になっていく。

ぼんやりとした不安と言ったのは、
あれは誰だったか。

2008.03.24 Monday | しぜん | comments(0) | trackbacks(0)

かぜのせい

肌の調子がおかしい。
なんだこの乾燥っぷりは!
あわててスキンケアに精を出していたら、
みるみるうちに肌が赤くなってきた!
ぬぁ。お肌のやつめ、化粧水に拒否反応かー。
いつも使ってるやつなのにいきなりなんでさ。
環境とか季節とかいろんな変わり目が重なって
バランス崩し気味かもしれない。
なんだか頭はボーとするし、くしゃみはとまらないし。
ついに花粉症になってしまったのかと思ったけれど
どうやらただの風邪でした。あーあ。
おかげで頭の回転がさらに遅くなっている気がする!
いや、確実に思考回路がスロー。
エンジンかけたいのにかからないのが
すごくもどかしてく、どうしようもないので
とりあえずマニキュアでも塗ることにします。

2008.02.29 Friday | そのほか | comments(0) | trackbacks(0)

だんだん強く

ここにいながらどこまで遠くにいけるだろうか
そんなことばかりに憧れすぎて
この一瞬を見逃している
いつかは消えてなくなるのだから
別れる時には握手がしたい!
存在の記憶を積み重ねていきたい!
全部を引き連れていきたい!
それなのにむかしから忘れっぽい性分だったことを忘れていた
あぁホント嫌になるほどバカなわたしよ!
このいまだけは絶対に忘れませんように
そう強く思ったことだけはしっかりと憶えているから
いつも唱えておくことにする
このいまだけは絶対に忘れませんように!
このいまだけは絶対に忘れませんように!
このいまだけは絶対に忘れませんように!
いまの一瞬、つぎの一瞬、ひとつひとつを意識的に拾い上げる
遠くへの憧れは時間にまかせておくことにする
だけど遠くのことは想像するしか近づく方法がなかった!
「GOD is concept」
そう歌ったのはジョン・レノンだった
conceptによってしか近づけない領域
conceptによってしか姿を現さないもの
「GOD is concept」

2008.02.27 Wednesday | 正す。 | comments(0) | trackbacks(0)

ひらく

伯母の所へ遊びに行って大磯の海を眺めてきた。
空は快晴で海はどこまでも穏やかであった。
また今年も桜の季節がやってくる。
木々たちは芽吹きのタイミングを
じっと待っているところ。
新しい緑は太陽を目指して。
もうすぐ、もうすぐ。
目覚めの準備を始めましょう。

2008.02.19 Tuesday | おしらせ | comments(0) | trackbacks(0)

メッセージのはじまりに

生命の源泉に属するような、絶対的な領域へ近づく手段は集中力にあるはずで、たとえば我を離れてひとつのある対象と一心に向き合う姿が「祈り」に通じていることを想像してみると。そんなことをはなしていると電話の向こうでため息をついている。「ごめんごめん、重たいはなしだった?」「いや、すごくおもしろいよ。絶対の愛なんてないのかもしれないとあきらめていたけれど、もしかするとあるのかな? 信じていいのかもしれないね。うん、なんだか良いはなしをきいたよ」。絶対の愛?(そんな映画もあったような...)わたしは絶対の魂というか、生命の源泉についてはなしていたはずで、愛のことを語ったつもりはなかったと、あれっ、でも、もしかして「それはジョン・レノンの?」「うん、All you need is loveってこと。はなしを聞いていると、そのフレーズが頭に浮かんでさ」と電話の相手はいうのであった。それで、私は、じつは愛のことを考えていたんじゃないだろうかとふっとおもったけれど、なんだかよくわからない気持ちになってきたので曖昧に笑ってはなしをそらした。けれど本当は「この愛はメッセージ!祈り!光!続きをもっと聞かして!」と歌っていのは、あれは小沢健二だったよなぁと、そんなことをぼんやりとおもっていたのだった。
勇気を出して歩かなくちゃ
上を向いて胸を張って
心すっかり捧げなきゃ
いつも思いっきり伝えてなくちゃ
暗闇の中挑戦は続く 勝つと信じたい今は!

この愛はメッセージ 僕にとって祈り 僕にとって射す光
いつだって信じて!いつだって信じて!

この愛はメッセージ!祈り!光!続きをもっと聞かして!
この愛はメッセージ!祈り!光!続きをもっと聞かして!
この愛はメッセージ!祈り!光!続きをもっと聞かして!
この愛はメッセージ!祈り!光!続きをもっと聞かして!

(「戦場のボーイズ・ライフ」)

2008.02.13 Wednesday | 刹那 | comments(0) | trackbacks(0)

輪郭を与える

地球が属する銀河系は1000億個ほどの恒星が集まってできているといわれている。銀河系の直径はおよそ10万光年。地球と太陽との距離の30億倍という長さだ。宇宙にはこのような銀河が、少なくとも数千億という単位で存在している。そのなかで地球のような惑星は200億個ほどあるのではないかと考えられているそうだ。果てしのないスケールで気が遠くなりそうだけど、だからこそ人間としてここに生まれて、生きて、存在していることの意味をせいいっぱい求めていこうとおもう。それでいいじゃないかとおもう。「人間らくしやりたいな 人間なんだからな」と開高健はそんな言葉を遺して逝った。はるか昔の人間が空に向かって石を投げたのは、モノリスの意志なんかじゃない。

「自由とは、自分が自分にとって一番の心の安静を得られる一つの状態である」となにかの本で読んだ。自由(心の安静)とは、概念ではなく生き方にある。そこへ行くにはどういう方法があるのか、それは人によって違うとおもうけれど、その方法とは集中力にあるような気がする。なぜなら(私にとって)心の安静とは絶対的な魂に触れることであり、その魂とは集中力によって姿を現すものだとおもうから。絶対的な魂とは生命の輝きそのもの。それは目には見えず、手にはとれないものだけれど、人が「我」を離れて、ひとつのある対象と向き合った時に形が生まれる。

creationとは魂の結晶化。生命の輝きに輪郭を与えること。すべての有機体のなかで人間だけが創造をするのはなぜ?さまざまな魂が共鳴をして、その中心点において合流したとき、そこから集中力が立ち上がり、たったひとつの生命の輝きが創造される。そんな現場に存在することができれば幸せ。人間として生きる意味のひとつはそこにあるんじゃないかとおもう。もしかすると、それをコミュニケーションと名付けるのかもしれないけれど。

だから私は楽しいことにしか興味がない。だって最大の集中力とは人が楽しいと感じたときにこそ発生するものでしょう?楽しいと思うことは人によって違うのだから、ある人にとって苦しいことが、ある人にっては楽しいことだったりするのかもしれない。それでも短絡的な意味の楽しさではなく、もっと大きな楽しさを求めて生きていきたいなとおもう。でもきっと大きな楽しさには不安はつきものだとおもうけれど。「入ってきて人生と叫び、出ていって死と叫ぶ」。開高健のコピーには一行で一生ぶんの質量があるのだった。それはきっと燃焼度に比例する。

2008.02.11 Monday | 刹那 | comments(4) | trackbacks(0)


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